「化学物質の規制が変わったらしいが、結局うちは何をすればいいのか」——有機溶剤を使う印刷・製造現場から、この2年で最も多く聞かれる質問です。
無理もありません。日本の化学物質規制は2022年公布→2023年→2024年→2026年と段階施行が続く、数十年に一度の大転換の最中だからです。この記事では改正の流れを時系列で整理し、印刷工場が「今やるべきこと」を優先順位付きでまとめます。
何が変わったのか——「国が決める」から「自分で管理する」へ
従来の化学物質規制は、有機則・特化則のように国が対象物質と対策を個別に指定する方式でした。しかし規制対象外の物質で労働災害が相次いだことなどから、事業者自身がリスクを評価して対策を決める「自律的な管理」へ舵が切られました。
改正の時系列——どこまで来て、次に何が来るか
2024年4月(施行済み)
- リスクアセスメント対象物質の大幅追加: ラベル表示・SDS交付・リスクアセスメントの義務対象が拡大
- 化学物質管理者の選任義務: リスクアセスメント対象物質を扱う事業場で必要に
- ばく露低減措置・濃度基準値: 労働者のばく露を最小限にする義務、基準値設定物質はその遵守
- 保護具の適切な使用(保護具着用管理責任者)、雇入れ時教育の拡充
2026年4月(施行済み・今年)
- 表示・通知対象物質のさらなる追加: 対象は約2,900物質規模へ
- 化学物質管理者の選任義務が対象拡大に連動して実質的に広がる
- SDSの営業秘密成分の通知ルール整備(代替名記載など)
2026年10月(これから)
- 個人ばく露測定の実施要件の整備: 濃度基準値の遵守確認のための測定を、要件を満たす者が実施する仕組みに
今後
- SDS未交付など違反への罰則強化の方向が示されており、「SDSを整備していない」「リスクアセスメントをしていない」ことのリスクは年々大きくなります
印刷工場への実務インパクト
グラビア・フレキソ印刷の現場は、インキ・希釈溶剤・洗浄溶剤と化学物質だらけです。改正の影響を具体的にいうと:
- 使っている全化学品のSDS棚卸しが前提になった: 商品名ではなくSDS記載の成分(CAS番号)で対象か判定する
- 有機則対応「だけ」では足りない: 有機則対象外の物質もリスクアセスメント・ばく露低減の対象になり得る
- 管理体制の人選が必要: 化学物質管理者・保護具着用管理責任者の選任と教育
- 洗浄工程が最大のばく露源: 開放系で溶剤を使う洗浄作業は、ばく露低減措置の優先ターゲット
今やるべきこと——優先順位付きチェックリスト
- SDSの棚卸し(今すぐ): 使用中の全化学品のSDSを収集し、リスクアセスメント対象物質・有機則・特化則該当を一覧化する
- 化学物質管理者の選任・届出体制(未了なら至急): 製造事業場は専門講習修了者から選任
- リスクアセスメントの実施と記録: 厚労省の無料ツール(CREATE-SIMPLE)で簡易評価から始める
- ばく露の大きい工程から対策: 洗浄工程は「換気・保護具の強化」か「溶剤そのものの代替」の二択。設備投資より先に、リスクアセスメント対象外・有機則非該当の洗浄剤への切り替えを検討する価値がある
- 2026年10月の個人ばく露測定に備え、濃度基準値設定物質の使用有無を確認
「守り続ける」か「対象から外れる」か
この改正の本質は、化学物質を使い続けるコストが構造的に上がり続けることです。SDS管理・リスクアセスメント・管理者選任・測定・教育——真面目に対応するほど工数は膨らみます。
だからこそ、「そもそも危険な物質を使わない」という選択肢の価値が上がっています。洗浄工程を植物由来の洗浄液(有機則非該当)へ切り替えれば:
- その工程のばく露リスク・管理義務が根本から減る
- 有機溶剤の価格高騰・入手難(現場ではkg1,000円近い水準)からも解放される
- 約5倍長持ちするため、1回あたりの洗浄コストはむしろ下がる
規制対応を「コスト」で終わらせず、供給リスク対策・現場改善として回収する発想が、これからの化学物質管理の分かれ目です。
- 有機溶剤の基礎 → 有機溶剤とは?
- 有機則の義務の全体像 → 有機則とは?
- 代替の進め方 → 有機溶剤の代替はどう進める?
よくある質問
Q. 有機則は廃止されるのですか? A. 現時点で有機則・特化則は存続しています。将来的には自律的管理への一本化が展望されていますが、当面は「従来規制+自律的管理」の二層構造で、両方への対応が必要です。
Q. 小規模な工場(従業員数人)も対象ですか? A. リスクアセスメント対象物質を扱っていれば、事業場の規模を問わず化学物質管理者の選任やリスクアセスメントの義務がかかります。
Q. 何から手を付ければいいか分かりません。 A. まずSDSの棚卸しです。「何を・どの工程で・どれだけ使っているか」の一覧がなければ、義務の範囲も対策の優先順位も決められません。
まとめ
- 化学物質規制は2024年の「自律的管理」転換に続き、2026年4月に対象約2,900物質へ拡大、10月に個人ばく露測定と強化が進行中
- 印刷工場はSDS棚卸し→管理者選任→リスクアセスメント→高ばく露工程(洗浄)の対策、の順で
- 洗浄溶剤の代替は、規制対応・供給リスク・コストを同時に解決する一手。テスト洗浄で品質を確かめてから切り替えるのが定石