「うちの工場は有機則の対象なのか」「対象だとして、何をどこまでやればいいのか」——有機溶剤を扱う現場の管理者・購買担当者から、最もよく聞かれる質問です。

この記事では、有機溶剤中毒予防規則(有機則)の全体像を「①何が対象か → ②何をする義務があるか → ③対象から外れる方法はあるか」の順に、実務目線で整理します。

有機則とは

有機溶剤中毒予防規則(有機則)は、労働安全衛生法にもとづく厚生労働省令で、有機溶剤による中毒・健康障害を防ぐために事業者が講じるべき措置を定めたものです(昭和47年 労働省令第36号)。

ポイントは、有機則の適用が「物質 × 業務 × 場所」の3つの掛け算で決まることです。

① 対象かどうかの判定——3つの軸

軸1: 対象物質(第1種〜第3種)

区分物質数代表例規制の重さ
第1種有機溶剤2二硫化炭素、1,2-ジクロルエチレン最も厳しい
第2種有機溶剤35トルエン、キシレン、アセトン、酢酸エチル、IPA、MEK厳しい(実務の大半)
第3種有機溶剤7ガソリン、ミネラルスピリット等タンク内作業等が中心

重要なのは混合物の扱いです。有機溶剤の含有量が重量の5%を超える製品(「有機溶剤等」)も対象になります。シンナー・インキ洗浄剤の多くはここに該当します。自社製品の判定は、SDS第15項(適用法令)の記載確認が確実です。

軸2: 対象業務(12類型)

有機則第1条は「有機溶剤業務」を12の類型で定義しています。自社の作業がどれに当たるか確認してください。

  1. 有機溶剤等を製造する工程での取扱い業務
  2. 染料・医薬品・農薬・合成樹脂等の製造工程での取扱い業務
  3. 接着のための塗布・接着の業務
  4. 洗浄・払しょくのための塗布業務
  5. 塗装の業務
  6. 乾燥(有機溶剤が付着した物の乾燥)の業務
  7. 印刷の業務
  8. 文字・模様等の書き込み・描画の業務
  9. 有機溶剤等を用いて行う洗浄・払しょくの業務
  10. 有機溶剤等が付着した物の取扱い業務
  11. 有機溶剤等がタンク等の内部で乾燥する設備内での業務
  12. タンク等の内部での上記業務

印刷業務(7号)とシリンダ・部品の洗浄業務(9号)——グラビア印刷の現場は二重に対象業務です

軸3: 対象となる場所

屋内作業場、タンク・船倉・ピットなど通風が不十分な場所での業務が対象です。一般的な工場内での洗浄・印刷作業は「屋内作業場」に該当します。

軸3: 対象となる場所

屋内作業場、タンク・船倉・ピットなど通風が不十分な場所での業務が対象です。一般的な工場内での洗浄・印刷作業は「屋内作業場」に該当します。

② 該当した場合の5つの義務

1. 有機溶剤作業主任者の選任

技能講習修了者から作業主任者を選任し、作業方法の決定・換気装置の点検・保護具の使用状況の監視を行わせます。氏名と職務は作業場に掲示します。

2. 発散源対策(設備義務)

第1種・第2種の屋内作業では、原則として密閉設備・局所排気装置・プッシュプル型換気装置のいずれかが必要です。

設備仕組み主な要件
密閉設備発散源そのものを密閉蒸気が漏れない構造
局所排気装置フードで蒸気を吸い込み屋外へ排出フード型式ごとの制御風速(囲い式0.4m/s、外付け式側方0.5m/s等)を満たす
プッシュプル型換気装置一方向の気流で蒸気を捕捉捕捉面での風速要件

装置は1年以内ごとの定期自主検査と記録保存(3年)が義務です。「設置してあるが検査記録がない」は臨検での定番指摘です。

3. 作業環境測定(6ヶ月ごと)と管理区分

第1種・第2種を扱う屋内作業場では、6ヶ月以内ごとに1回、作業環境測定士による測定と評価が必要です(記録3年保存)。結果は3つの管理区分で評価されます。

  • 第1管理区分: 良好。現状維持
  • 第2管理区分: 改善の余地あり。設備・作業工程・作業方法の点検と改善に努める
  • 第3管理区分: 不良。直ちに改善措置を講じ、有効な呼吸用保護具を使用させ、改善後に測定・評価をやり直す義務があります

第3管理区分が続く事業場には、作業環境管理専門家の意見聴取など、より厳しい措置(2024年施行の個人ばく露測定・保護具管理の強化)が適用されます。

4. 特殊健康診断(6ヶ月ごと)

対象業務に常時従事する労働者には、雇入れ時・配置替え時と6ヶ月以内ごとの特殊健診が義務です。結果は有機溶剤等健康診断個人票として5年保存、労働基準監督署への結果報告も必要です。

5. 掲示・表示・保管

  • 人体への影響、取扱注意事項、中毒時の応急処置の掲示
  • 区分の色分け表示(第1種=赤、第2種=黄、第3種=青)
  • 容器の密閉・屋内保管のルール

記録の保存年限まとめ

記録保存年限
局所排気装置等の定期自主検査記録3年
作業環境測定の記録・評価記録3年
有機溶剤等健康診断個人票5年
(特別有機溶剤の場合の特化物健診・作業記録)30年

特別有機溶剤——「有機則より重い」10物質+2

クロロホルム、四塩化炭素、1,4-ジオキサン、1,2-ジクロロエタン、ジクロロメタン、スチレン、1,1,2,2-テトラクロロエタン、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン、メチルイソブチルケトンなど、発がん性が指摘された物質は有機則から特化則(特別有機溶剤)へ移行しました。

これらは有機則の措置に加えて、作業記録・健診記録の30年保存、発がん性を踏まえた特別管理が求められ、規制負担は有機則の比ではありません。金属脱脂でトリクロロエチレン・ジクロロメタンを使い続けている現場は、代替検討の優先度が最も高いグループです。

労働基準監督署の臨検で見られるポイント

実務でよく指摘される順に:

  1. SDSの整備・周知(そもそも何を使っているか答えられるか)
  2. 作業主任者の選任・掲示(選任していても掲示がない)
  3. 局所排気装置の定期自主検査記録(記録なし・1年超過)
  4. 特殊健診の実施と結果報告(パート・派遣の漏れ)
  5. 掲示物の内容が古い(改正前の様式のまま)
  6. 保護具の備え付け・使用状況

共通するのは「やっているつもりでも、記録と掲示で証明できなければ未実施扱い」という点です

③ 適用除外——対象から「合法的に」外れる方法

有機則には適用除外の仕組みがあります。

  • 消費量が少ない場合(第2条): 作業場の気積に応じた「許容消費量」を常に下回る場合、設備義務等の一部が適用除外。ただし判定は厳密で、常態として下回る必要があります
  • 労働基準監督署長の認定(第3条): 発散防止措置などにより所轄署長の認定を受けた場合

そしてもう一つ、実務上最も確実な方法が——そもそも有機則対象物質を使わないことです。

「非該当」へ切り替えるという選択肢

有機則非該当の洗浄剤(植物由来洗浄剤など)へ切り替えた場合:

  • 作業主任者の選任 → 不要
  • 局所排気装置等の設備・定期自主検査 → 不要
  • 作業環境測定(6ヶ月ごと) → 不要
  • 特殊健康診断(6ヶ月ごと) → 不要
  • 掲示・色分け表示 → 不要

管理コスト・事務負担・監督署対応が一括で消えるうえ、作業者の健康リスクも根本から下がります(※新方式のリスクアセスメント自体は引き続き必要です)。

当社が印刷業界に提案している植物性洗浄液は有機則非該当で、40℃加温+超音波の洗浄条件で有機溶剤と同等以上の洗浄力を発揮します。切り替え判断の材料として、実際のシリンダ・部品でのテスト洗浄(1本から・レポート付き)をご利用ください。

具体的な代替の進め方は有機溶剤の代替はどう進める?を、有機溶剤の基礎は有機溶剤とは?をご覧ください。

違反するとどうなるか

有機則違反は労働安全衛生法違反として、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金等の罰則対象になり得ます。実際には労働基準監督署の臨検で是正勧告→改善報告という流れが一般的ですが、労災(中毒事故)が起きた場合は事業者責任が厳しく問われます。

よくある質問

Q. 有機溶剤の掲示は廃止されたのですか? A. 廃止されていません。掲示義務(有機則第24条)は現在も有効です。「廃止」と混同されやすいのは、化学物質管理の制度改正で一部の様式・運用が変わったことによるものです。

Q. 少量しか使わない場合も有機則の対象ですか? A. 許容消費量を常に下回る場合は一部適用除外の可能性がありますが、判定式は作業場の気積ベースで厳密です。自己判断せず、消費量の記録を取ったうえで確認してください。

Q. 塩素系溶剤(ジクロロメタン等)も有機則ですか? A. 発がん性が指摘された10物質は「特別有機溶剤」として特化則に移行しており、有機則よりさらに厳しい管理(作業記録30年保存等)が求められます。

まとめ

  • 有機則の適用は物質×業務×場所で決まる。まずSDS第15項で該当を確認
  • 該当すると作業主任者・設備・測定・健診・掲示の5義務が発生し、使い続ける限りコストがかかる
  • 適用除外の王道は非該当洗浄剤への切り替え。管理義務が一括で不要になり、健康リスクも根本から下がる